=HE6 episode:03-2=


 Mr.ドッジはマネージャーに導かれてスタッフルームへのドアを潜り、鍵のかかったプレートの無いドアから更にエレベーターを使い下へ降りていた。
 やや薄暗く、至る所にシャワーノズルが付きだしている廊下を歩き、更に洗浄室のような部屋へ入る。
「衛生には気を使っておりますが、念の為こちらを」
 服の上から渡された白い防護服を着込み、更に奥へ進むと、金属製の扉の群れが現れた。普通の廊下よりやや広い空間の壁に、厳重なロックシステムに閉ざされた扉が貼りつくような形だ。それぞれに何やら番号付きのプレートが埋め込まれている。
「……これは」
 ものものしい光景に目を見開いている様子の男を、マネージャーは一つの扉の前へ誘う。
「さあMr.ドッジ、貴方様が絶対にご存じない生き物をご覧にいれましょう」
 笑う中年男はそう言って、06というプレートの扉の多重ロックを外した。
 数字認証、フリック認証、指紋認証、眼球認証の上カードキーを使いようやくガチャリと音を立てた扉を押し開くと、隙間からエンジン音の様な唸り声が漏れ出した。
「こちらが宇宙の黒い猿、ニグリ・シミアでございます」
 眼前に現れたのは、強化ガラスの向こうに並んだ3つの檻。そしてその中に繋がれた、黒いしなやかな猿のような生き物…ただし、腕にあたる部分は4本あり、1対は肩上あたりから上向きに伸び、もう1対は胸辺りにぶら下がっている―多腕の獣。
「ニグリ・シミア…?」
「ええ、猿とは言っても、チンパンジーより凶暴でゴリラより強い握力を持つ宇宙生物です。地球の環境でも生きられるよう多少の改造はしてありますのでご心配なく」
「……………」
 Mr.ドッジは恐れているのか、表情をやや強張らせ、「猿」と呼ばれた生物を見た。充血したように赤い目がこちらを見て、大きな体が檻を揺らす。時折旧型車のエンジン音に似た唸り声を挙げ、等間隔に並ぶ黒い牙を剥いて見せた。口の中の色は鮮やかな黄色だ。
「高い運動能力で、故郷の星では尾と第一腕で木から木へ矢のように飛び移り、鉤爪を持つ第二腕で他の生物を捕えていたそうです」
 しなやかな体には筋肉の隆起が見え、ぬるりとした黒の毛並みは光沢を帯びている。しなる尾が時折檻の床を叩き、鞭のような音を立てていた。
「どうです、お望み通りの、『地球のここでしか手に入らない』、あなたのご存知ない生物ですよ」
 さあいくら積む気だと言わんばかりの笑顔を向けられた男は、3つの檻を凝視して呟いた。
「何匹、いるんだ」
「この部屋には全部で7匹。1番と2番の檻は2匹で1つですが、3番の檻だけ3匹入っています。もっと近くで見てみましょう」
 得意げに説明しながら強化ガラスのロック解除に向かうマネージャーの言葉はMr.ドッジに届いていたが、彼の意識は殆ど視線の先に向いていた。
 檻がひとつ、内側から強力な力で曲げたように歪み、隙間が広がっている。檻には3番のプレート、そして檻の中にいる「猿」の数は――。
「だめだ、待て!!」
「Mr.ドッジ、何を」
 突然飛びかかってきた上客の方を驚いた様子で振り向いたマネージャーの手は、既にドアを開いていた。そしてその後ろには、檻の陰から飛び出してきた黒い影が迫る。
「――危ない!」
 Mr.ドッジは咄嗟に捕まえていた肩を突き飛ばし、マネージャーを「猿」の攻撃範囲から逃がした。代わりに振り下ろされた鉤爪は、一撃目で防護服を斜めに裂き、二撃目で彼のブランドもののバイザーを掠り、砕いた。
 高い音を響かせて砕けた黒い破片は光を反射させながら飛び散り、覆い隠していたものを明らかにした。
「あなたは」
 目を見張るマネージャーへ再び振り下ろされようとした鉤爪の前に、彼は再び飛び出した。
 鋭い鉤爪を腕で受け止めた瞬間、高い金属音が響く。破片が落ち、現れたのは、肌に直接貼りついたバイザーと、緑に光る目。
「逃げろ、早く!!」
 Mr.ドッジ改め、ハウンド・エレクトロンは、鉤爪の追撃を受けながら再び叫んだ。



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 この任務が彼のもとに持ち込まれたのは1年ほど前だ。
違法に輸入された地球外生命体の売買ルート調査。その窓口としての最有力候補がこのペットショップだった。事が明らかになったのは、とある富豪が突然死し、屋敷の地下室からどの生物学者も知らない生物が見つかったためだ。その生物には既に知られている地球外物質が何種類か付着していたため、すぐに遺骸は銀河連盟地球支部へ送られ、宇宙生物であることが確認された。そして、富豪が生前何度かこの店に訪れていたことも使用人の証言から分かっている。
 しかしそこまで分かっているのに、店の方も強かで、警察による全店舗一斉捜査の時には何もボロを出さなかった。
 恐らく警察内部に内通者でもいたのだろう、抜き打ちのはずの捜査情報が漏れていた。それだけやって証拠が出なかったことは今後の捜査を難しくした。また、そのペットショップで何かを買ったのだろう金持ちからの圧力もかかり、国家警察は動きを封じられているのが現状だ。そこで、まだこの件に手をつけていないインベル社へ銀河連盟は秘密裏に捜査を継続することを託した。
 こういった対人間の隠密捜査はハウンドの得意とは異なる。しかしこのペットショップを押さえることを皮切りに多発している地球外生物密輸の大元を暴くことができれば、インベル社は銀河連盟から更に深い信用を得、国民からの人気も高まるだろう。そしてその悪事を天下に暴く者こそ、インベル社の技術の粋を集めたロボットヒーロー、ハウンド・エレクトロン。これを機に、会社のイメージキャラクターであるハウンドの人気押上げと会社イメージアップ相乗効果を狙う…そういうシナリオをインベル社は描いていた。

 ショーン・パウエル・ドッジという男は、インベル社が作り上げた架空の人物だ。富豪の三男坊、高慢な珍獣蒐集家。インベル社はこういった隠密捜査のため、銀河連盟の極秘権限を借りて数人の架空の人物の戸籍やIDカードを取得してある。それだけでなく数年に渡り架空の人物の行動・言動の痕跡を作り、時に応じて使っているのだ。今回の場合も、1年かけてMr.ドッジと言う人物像を作り上げるため、実在の富豪に協力してもらい、「隠し子」としてショーンの戸籍を取得。1年より前の記録もデータバンクへ捻じ込んだ。業界で珍獣マニアの名を得るため、各地のペットショップから珍獣を購入し名を売った。ちなみに「Mr.ドッジ」が使用人に命じて購入させた珍獣は殆ど全て、銀河連盟が擁する地球生物研究所で飼育されている。
 そして流布させてあるMr.ドッジの姿を模すため、ハウンドは戦闘力に優れたボディ「アルファ」から、新しく開発された人間に近い外見のバージョン、「ベータ」へとボディを変更し、髪も赤からブロンドに換装した。細部にこだわる分機動力も防御力も落ちるが、代わりに表情や声音のスキンが充実し、検査能力も強化してある。いつものメットや装甲はトランクの中だが、こちらは持ちこむこと叶わず、エントランスに預けてある。

 頼りない装甲で彼を送り出すことを嫌がっていたハウンドの保護者たるサラ・マッキンリー博士は渋りに渋った。しかし今回は、証拠を押さえるのみが目的であるため戦闘は行わない、と言う条件を会社につきつけた上で急ぎベータの開発を行った。1年がかりの計画であり、うまくいけば新人ヒーローであるハウンドにとって最も大きな手柄となる。失敗は許されなかった。



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